2008年3月30日
今年のスローアートショーの準備も始まり、具体的な作業に入っています。今回で5回目になるわけですが、昨年末にがんばった助成申請が幾つか通ったこともあり、今まで以上に充実した内容で展開できそうです。その流れもあり、なんとなく、常に書類をつくることが私の役割になってきているような・・・。イベントを運営するということは、各方面への依頼書、報告書をつくり、事務局として効率化を図るために、やっぱりドキュメントが必要になってくる、と。退社後、しばらくこの手の作業から遠ざかっていたわけですが、なんだかまた戻ってきたのかなあ。そんなこともあり、デザインワークのほうは誰かと協力して進められないかな、と思い始めました。ちょっと探してみます。
2008年3月15日
今月にはいってから、近いところを中心にですが、美術館によく出かけています。毎年足を運ぶ、砺波市美術館の「至高の精神展」や、県立近代美術館の企画など。そういえば、母のおともで「院展」にも行きました。それぞれの感想はそれとして、なんというか、力を込めた作品というのは、ジャンルの好みを越えて、良いと思わせるものですね。
さて、こんな美術館での鑑賞とは別に、最近は信濃毎日新聞で連載している県内の作家、作品紹介「美ここから」を楽しみにしています。月に一度くらいですが、紙面に大きく掲載された作品を見るというのは、やはりひとつの鑑賞ですよね。この連載、かなりの確率で個人的にはぐっとくる作品が紹介されることもあり、ひそかなファンです。
2008年3月10日
片付けものをしていたところ、随分昔の手紙や葉書きがでてきました。高校生のときの友人との手紙のやり取りとか、小学校のときの年賀状とか、そんなものです。ちょっと可笑しかったのは、高校時代の手紙の締めくくりって「noriko with love」とか、そういうのが多くて。この「with love」って、その頃、ちょっと可愛い女子たちがよく使っていた、流行文句のようなものでした。
手紙や葉書を送る機会も減り、今はメールやケータイ電話が多くなりましたが、私が大学生の頃というと、まだケータイ電話が広がり始めた頃で、たいていはみんな固定電話。電話番号も親しい子の番号は暗記していましたし、歴史の年号と同じ要領で、ゴロ合わせで記憶している番号も多数あり。中には、指使いで覚えているという人もいましたが、どうやら、プッシュするときのリズムと指の動きで覚えるそうです。どれだけたくさん番号を覚えているか、なんて、今は競いませんよね。
2008年3月7日
先月から、ある歯科医院さんのサイトをつくっています。こわいくらいに順調に制作も進み、そろそろフィニッシュにむけた微調整に入っていますが、その理由はただひとつ。この先生のおかげです!それはもう、きちんとデータを用意してくださる上に、レビューも資料準備も高速。サイト構成やデザイン案こそ最初に提案しましたが、その後は、ひたすら先生がリードして仕上げてくださったようなものです。きっと、お仕事(治療)も丁寧なのでしょうね。なにかのときには、お世話になりたいと思いました。
2008年3月3日
先日、あるサイト制作の打ち上げということでシステムの方やマネージメントの方などと食事をしましたが、そういえば、こういう機会って久しぶりかも。仕事の区切りがついたときなど、ひとりで「ふー、打ち上げだな」という気分になることがありますが、ほら、振り向いて誰かがいるわけでもないので。ビールでも飲むかな、それとも、ゆっくりDVDでも見るかな、などと思ってひとしきり浮かれた気分になりますが、たいていはすぐに落ち着き「さてと、部屋の片付けでもするか」と。
使用した資料やデータ、メモ書きなどをのんびりと整理しているときが、「ひとりお疲れ会」でしょうかね。
2008年2月26日
「チャイ」が好きな私としては、メニューにあるお店であればたいていオーダーするわけで・・・が、いつまでもあると思っているとそうではないのですね。メニューを見ないで「チャイを」と言ったところ、「あいにく、メニューにないのですが」と。「えっ、たしかあったと思ったのですが」と思わず聞いたところ「季節限定のもので、終了したんです」と。「来年も再開されます?」という問いには「なにぶん、人気がないと再開できないので」とのことでした。てっきり、大人気商品だとばかり思っていましたが、そうですかそうですか、残念です。
チャイといえば、密かに飲み物の好みが似ていると思っている友人が、やっぱり気に入ってくれた飲み物。彼女とは紅茶の好みも同じだったし、彼女が飲んでいたシャンディガフを私が気に入って飲み始めたこともありました。また、いつか一緒にお気に入りの飲み物を飲みたいものです。
2008年2月21日
「壁が寂しいわ。何か絵をかけようよ」という母の発言により、手洗い空間に昔の私の作品をかけることになりました。随分昔につくった小品ですが、母の意向により、この明るい赤を基調とした古い作品が選ばれました。
さて、この作品。久しぶりに目にしましたが、自分では、見るたびにちょっとひっかかるものがあります。なんていうのでしょう。今の自分とは遠いところにあるな、という感覚。制作した20代後半とは、仕事や恋愛に制作活動、友達や家族。混沌と絡み合って、もやもやとしながら、湿っぽくもがいていた時期であったと、今は客観的に思います。まあ、そんな時期の自分の「感覚」がストレートに出ていて、「あーあ」という恥ずかしさ。しかし、この作品をいいと言う第三者の声を聞くにつけ、もしかしたら、そんな混沌とした時代が、実は最も自分が輝いた魅力的な時期だったのかもしれないな、なんて、すっかり引退したような気持ちで思います。愚かしくも、眩い喧騒。それは30歳過ぎまで続きましたかねえ。
面白いことに、今はそんな時代から遡り、10代後半あたりの自分の感覚と近くなってきているような気持ちでいます。逆行していますね。放課後の教室で夕陽を見ているような、美術室でキャンバスに向かっているような。あくまでも、自分の「感覚」の話ですが。おそらく、もやもやに区切りがついてしまえば、本来の性質により近いところに戻っていくということなのでしょう。ええ、もっといえば、3歳くらいの感覚に戻ることも、今後あり得る・・・と。そりゃ、手がつけられないくらいシンプルです。
2008年2月12日
機会があって、アートプロジェクトの会合に参加しました。全国各地からアートプロジェクトを企画運営する方たちが集まっていたのですが、なるほど、悩みどころや状況が近いプロジェクトも多いわけですね。このネットワークから全国的なムーブメントをつくれるかどうかはまた次の段階になるのかもしれませんが、まずは自分の身の回りからでしょうか。
いろいろと思ったことや振り返ったこともあり刺激になった集まりでしたが、中でも一番印象に残っているのは、アートと社会の関わり、役割についてのディスカッションでした。各個人のバックボーンなども異なるため一概にはいえませんが、アートプロジェクトが社会に投影する機能を持っているというのはしっくりきました。アーティストや作品そのものが、というよりも、プロジェクトとして目的を投影するのだと。
さて、私自身は、アートによって救われたり先行きの指針とするといった経験において、アートの力を信じていますが、それはとても個人的な実感です。社会のあらゆることをアートの力で変えていくことはできないと思いますが、もちろんその余地と可能性はあると思います。そして、ふと昔受けた大学の講義を思い出しましたが、「物事の問題というのは、一般化したものから限りなく個人的な状況へと置き換えることで解決できる」ということ。(アート関係の講義ではありませんでしたが、教授がしつこいくらいに、この一点を繰り返すので、いまだにしっかり覚えています・・・)「アート」や「社会」というキーワードで語ると漠然とするわけですが、ぐっと個人的な固有の状況に置き換えて、まずは糸口をみつけたいものです。
2008年2月4日
大学時代の担当教官が退任されるにあたり、その作品展と祝賀会に出かけてきました。作品展では、先生のこれまでの研究の足跡を時代を追って追うことができ、なにか清々しい思いがしました。あらためて、先生の筋が通ったその制作姿勢を確認することができましたし、長い時間をかけてライフワークを持つというのはこんなにも爽やかで潔いものなんだな、と。自分に置き換えたとして、たとえ才能がないことを知っていたとしても、続けることをやめない(くどい?)ということは、ちゃんと自分の人生を生きた、と納得できるのだと思いました。
さて、その後、祝賀会でも懐かしい先輩や後輩をはじめ、知らなくとも、先生のもとで勉強したという共通点で集った人たちと会うことができて嬉しい時間でした。そして、自分の仕事が、「デザイン」という、ここにいるみんなと共通に語れる分野であることを、どこか誇らしく思いました。また、普段、ひとりという単位でデザインに関わっていますが、ちゃんとルーツがあったことを再確認。「自分の出発点はここにあるんだな」と思える場所があるというのは、幸せなことかもしれませんね。
2008年1月26日
数ヶ月前のことだったかと思いますが、突然、部屋のテレビが壊れ、次のテレビを用意するまでの数日間、テレビのない生活を送っていました。ちょっと階段を下りれば、リビングにもテレビはあるわけですが、なんとなく「テレビなし生活」にとまどいつつ、久しぶりにラジオでニュースを聞いてみました。深夜や朝方のラジオなどは、受験生やトラックを運転している方などがリスナーに多いということで、朝4時などに「こんなムーディーな曲をかけてしまって、運転中に眠くなりませんでしたか!?」なんていうラジオからの声にはっと我にかえって「あ、私も今ぼーっとしていた」なんて思ったり。
今は、テレビのある生活に戻っているわけですが、なんとなくそれ以来、ラジオを楽しむ時間が増えました。最近は、家族とは別に自分専用の新聞も購読し始めましたし、それぞれのメディアを楽しんでいます。
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